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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16427号 判決

原告

岸田邦雄

ほか一名

被告

中村義良

ほか一名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告岸田邦雄(以下「原告岸田」という。)に対し三二六七万八九四一円及びこれに対する昭和六二年一二月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告株式会社石橋楽器店(以下「原告会社」という。)に対し一〇九二万一〇六七円及びこれに対する昭和六二年一二月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二請求原因

一  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

1  日時 昭和五九年九月一九日午後三時四五分ころ

2  場所 東京都中央区日本橋中洲一一付近首都高速道路上

3  加害車両 普通乗用自動車(千葉五五て三七七七、以下「加害車両」という。)

右運転者 被告中村義良(以下「被告義良」という。)

右所有者 被告中村文彦(以下「被告文彦」という。)

4  被害車両 普通乗用自動車(名古屋五七ぬ六三二、以下「被害車両」という。)

右運転者 訴外馬場章(以下「訴外馬場」という。)

右同乗者 原告岸田

5  事故態様 原告岸田が訴外馬場運転の被害車両に同乗し、前記場所付近において、渋滞のため停車していたところ、後方から、被告義良運転の加害車両が追突した。

二  原告岸田の受傷及び治療経過

原告岸田は、本件事故により頭頸部外傷症候群の傷害を負い、頸項部背部痛、左眼痛、眼調節不全、平衡感覚不全等の症状のため、昭和五九年九月一九日から昭和六二年一〇月二八日まで日本カイロプラクテイツク外八か所の病院で入通院治療を受けた。

現在、頭頸部外傷の後遺症である両眼球の輻輳不全と調節不全が認められ、近見時の複視と眼精疲労の自覚症状を有し、今後長期にわたり経過観察及び加療を必要とする旨の診断を受け、今なお治療中である。

三  被告らの責任

1  被告義良は、本件事故発生場所付近が幾つかの高速道路の合流点で、常時渋滞している所であるから、車両の停滞状況等前方の安全を注意しつつ進行すべきであるにも拘わらず、これを怠り、漫然運行して被害車両に追突したものであるから、民法七〇九条にもとづいて原告らが受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

2  被告文彦は、本件加害車両の所有者として自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条にもとづいて原告らが受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

1  原告岸田の損害

(一) 治療費 三六万四七八七円

原告岸田は、日本カイロプラクテイツク外八か所の病院において入通院の治療を受け、治療費合計一三三万三〇二五円を要したが、内金九六万八一四七円は自賠責保険から支払われているので、その残金三六万四八七八円である。

(二) 雑費 四〇万〇七四〇円

原告岸田は、診断書一五通の文書料三万円、入院雑費一万二〇〇〇円(昭和六〇年一〇月二二日から同月三一日までの一〇日間、一日あたり一二〇〇円)、通院交通費二一万一〇二〇円、健康器具購入費及び漢方薬剤料二八万円の合計五三万三〇二〇円を要したが、内金一三万三二八〇円は自賠責保険から支払われているので、その残金四〇万〇七四〇円である。

(三) 慰謝料 七一六万円

(1) 傷害に対する慰謝料

傷害の部位、程度、入通院の期間等から四〇〇万円が相当である。

(2) 後遺障害に対する慰謝料

診断結果からみて、自賠法施行令二条別表後遺障害等級第一一級一号に該当するので、三一六万円が相当である。

(四) 逸失利益 二一八五万三三二三円

原告の昭和六一年度年収六九一万四四七一円、労働能力喪失率二〇パーセント、稼働年数三五歳から六七歳までの三二年間、中間利息の控除をライプニッツ方式、係数一五・八〇二六で計算する。

(五) 以上損害合計額 二九七七万八九四一円

2  原告会社の損害

原告会社は、原告岸田の使用者として、本件事故により原告岸田が原告会社を欠勤した日を、全て出勤したものとして、原告岸田に昭和五九年九月二〇日から昭和六一年一一月三〇日までの間、全日欠勤日数三三三日、半日欠勤日数四一三日の給料、賞与分合計九九二万一〇六七円を支払つたが、右金員は、本来原告岸田が被告らに対して休業補償として請求しえるものであるので、原告会社は、原告岸田に代位して右金員の支払いを被告らに求める。

五  弁護士費用

原告岸田において二九〇万円、原告会社において一〇〇万円の弁護士費用の支払いを余儀なくされた。

六  よつて、被告らは、各自原告岸田に対して三二六七万八九四一円、原告会社に対して一〇九二万一〇六七円と、いずれもこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年一二月一二日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一項については、認める。

二  同二項については、否認する。

三  同三項については、被告義良が民法七〇九条の、被告文彦が自賠法三条の賠償義務者であることは認める。

四  同四項については、否認する。

五  同五項については、否認する。

六  同六項については、争う。

第四被告らの主張

一  本件事故は、車両渋滞中に停止・発進・停止を繰り返した中で、加害車の制動が遅れたため、被害車後部バンパーに加害車前部が接触した事故であつて、右接触によつて原告岸田が受傷するとは考えられない。

二  仮に、原告岸田に何らかの受傷ありとしても、全治二週間を越えるものではありえないから、被告らの既払金一一〇万〇四二七円をもつて損害は填補されている。

第五証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因一項については、当事者間に争いはない。

二  請求原因二項については、原告らは、原告岸田が本件事故により頭頸部外傷症候群の傷害を負い、頸項部背部痛、左眼痛、眼調節不全、平衡感覚不全等の症状のため、昭和五九年九月一九日から昭和六二年一〇月二八日まで、日本カイロプラクテイツク外八か所の病院で入通院治療を受けた旨主張し、被告らは、これを否認する。

1  成立に争いのない甲第二〇号証の一、二、第二一号証、乙第一号証の一ないし四、原告岸田本人尋問の結果により成立の認められる甲第一六号証、証人馬場章の証言、原告岸田、被告義良の各本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。

(一)  本件事故は、原告岸田が訴外馬場の運転する被害車両の助手席に同乗して走行中、前方渋滞のため停車したところ、加害車両が停止する寸前に被害車両に追突したもので、訴外馬場において被害車両のブレーキが踏まれていたため、被害車両は停車していた位置から前に押し出されることはそれほどなかつたが、訴外馬場、原告岸田は体が前に動くような衝撃を受けた。

(二)  被害車両の損傷程度は、後部バンパーの凹損で、修理のためリアバンパー、バンパーステーの交換、リアバツクパネルの板金、トランクリツトの調整及び塗装で、修理代金合計三万四六八〇円を要した。

(三)  本件事故後、被害車両及び加害車両とも本件事故現場付近の左側に移動し、訴外馬場が警察へ連絡して警察官の到着を待つていたが、その間、被告義良は、被害車両のところまで来てドアを開け、「これで勘弁してくれ」と言つて訴外馬場に一万円を差し出したが、訴外馬場がこれを拒否し、警察官が来るまで待つよう要求した。

その後、被告義良は加害車両を発進させて本件事故現場から逃走を図つたが、前方道路が渋滞していたため走行できず、被害車両から降りて、走つて追いかけて来た原告岸田が、加害車両の前に立ちはだかつたため、被告義良は逃走を断念し、加害車両をバツクさせて被害車両の前に止めて警察官の到着を待つた。

(四)  警察官の到着後、本件事故の処理に入つたが、被告義良が逃走を図つたことなどから悪質と判断されはしたものの、本件事故は「物損扱い」になつた。

訴外馬場は、警察官から「被告義良は悪質な運転者なので協力してください。人身事故扱いにしたければ、診断書をもつて来て下さい。」等と言われたが、訴外馬場は、診断書を出さなかつた。右のことは、原告岸田においても承知していたが、原告岸田も診断書を出さなかつた。

以上の事実が認められる。

2  ところで、被告らは、前記のような被害車両の損傷程度からして本件事故による衝撃が大きくなかつたことなどから原告岸田が傷害を負うことはありえず、また、被告義良は、本件事故直後、たまたま原告岸田が訴外馬場に対して、「腰の治療をしているが、この事故でやればいいや」等と話しているのを聞いてしまつたので、馬鹿馬鹿しくなり、車の修理費はやむを得ないので一万円を提示して帰ろうという気になつたに過ぎず、原告岸田は、当初から意図的に本件事故により傷害を受けたとして賠償を得ることを企画したものである旨主張する。

被告義良は、被告義良本人尋問において右主張に添う供述をし、また、成立に争いのない甲第一八号証、第一九号証、乙第三号証の一によれば、原告岸田は、昭和五九年一月一七日から同年二月二七日まで、阿藤整形外科において腰部椎間板ヘルニアの傷病名で治療を受け、大場カイロプラクテイツクにおいても同年二月以降相当期間通院治療を受けていることが認められ、右原告義良の供述と符号することが認められるけれども、乙第三号証の一、原告岸田本人尋問の結果によれば、原告岸田は、本件事故の翌日である昭和五九年九月二〇日、阿藤整形外科において、頸部の調子がおかしい旨訴えて診療を受け、後屈制限等が見られて、成立に争いのない甲第五号証の一、乙第五号証によれば、昭和五九年九月二〇日のレントゲンでは頸椎がストレイトになつており、原告岸田の訴える症状に合う他覚的な所見が見られることが認められるうえ、証人馬場章の証言により成立の認められる甲第一七号証、証人馬場章の証言によれば、訴外馬場においても、本件事故後、一日たつてから腰が痛くなり、伊藤接骨院において、昭和五九年九月二一日から同年一一月二日までの間通院治療を受け(実通院日数一八日)、そのころ治癒したことが認められるのであるから、原告岸田においても受傷したものとするのが相当である。

3  しかし、乙第三号証の一によれば、「過呼吸症候群と頸関係を問う、無関係なるもストレスの一つのきつかけの可能性のみ」等と記載があり、原告岸田には過呼吸症候群が生じていたものと認められるが、原告岸田は、原告岸田本人尋問において、その症状は「突然息が出来なくなり、手足が痺れる」等と供述していて、原告岸田が本件事故により生じたと訴える症状と重なり合うところがあり、また、「原告会社に勤めてから、当時で九年目で、渋谷店の店長でした。先代から任されて売上を四億円から一四億円に伸ばして、支店のうちで一番売つていたのに、私が休んで売上が減つていく恐怖感や、休んだために社員一八名、アルバイト一五名の人材管理が出来なかつたりで、精神的圧迫を感じていた。一二月から一月にかけて一番売れるので九月、一〇月はその仕入れが始まる時期だつたため特にプレツシヤーを感じました」等と供述していて、かなりストレスが強かつたことが認められる。なお、成立に争いのない乙第四号証の四によれば、原告岸田は、昭和六〇年八月中に三回過呼吸症候群で倒れて、救急車で運ばれたこともあつたことが認められる。更に、原告岸田本人尋問の結果により成立の認められる甲第五号証の六、七によれば、「自律神経失調症」となつていたことが認められ、原告岸田本人尋問においても、原告岸田は「自律神経失調症もストレスだつたと思います。ノイローゼのようになつていた。本件事故後、左目を寄せることができず、対面商売なので客と目を合わせることが出来なかつたのです。目は悪化しているようです。首も今は筋がつつたようになつています」等と供述している。その他、成立に争いのない乙第六号証の一、原告岸田本人尋問の結果によれば、原告岸田は、めまいがひどく血圧が不安定で立つていられないほどだつたため、救急車で流山病院に入院したことがあり、入院後にめまいは多少薄らいで来たが、原因はストレスとか色々なことが合併していると言われていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三によれば、原告岸田は、阿藤整形外科からの紹介で、昭和五九年九月二八日から駿河台日本大学病院において診療を受けているが、眼球突出両側軽度、眼球運動異常なし、瞳孔左右同大、対光反射敏速正常、三叉神経異常なし、ホルネル徴候(マイナス)、顔面神経異常なし、下位脳神経異常なし、四肢運動知覚異常なし、深部腱反射正常というもので、脳神経学的には特に異常を認めず、CTにて頭蓋内には異常所見なし、現在軽度頭痛を訴えているが、保存的に経過を見てよろしいというものであつたことが認められる。なお、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二によれば、「眼調節不全のため平衡感覚が時々失われる。車の運転が困難、メマイも時々ある。現職復帰に困難がある」、「この症状が長期間続くものと思われる」との記載があるが、原告岸田本人尋問によれば、現在は原告会社を退職し、名古屋において中古楽器店を営んでいて、車の運転も出来るようになり、症状が改善されていることが認められる。

4  以上からして、本件事故により原告岸田が頭頸部外傷症候群の傷害を負つたことは認められるものの、原告岸田の訴える症状は、原告岸田が負つていたストレスの影響を無視できず、その症状の全てが本件事故に起因するものと認めることはできないから、本件事故の程度、内容からして、原告岸田が本件事故で負つた傷害は、阿藤整形外科での治療が一応終了した昭和五九年一一月一六日をもつて治癒したものとするのが相当である。

三  被告義良が民法七〇九条の、被告文彦が自賠法三条の賠償義務者であることについては争いがないから、本件事故日である昭和五九年九月一九日から治癒した日と認められる同年一一月一六日の間において、原告らが被つた治療、検査等の治療費等の損害を被告らは原告らに賠償すべきである。

四  損害

1  原告岸田の損害

(一)  治療費 一六万一二五〇円

成立に争いのない甲第三号証の一、二、第六号証の一ないし五、原告岸田本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証の一、二、第七号証の一、二、原告岸田本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、次の治療費を要したものと認められる。

(1) 阿藤整形外科 昭和五九年から同年一一月一六日まで六四九〇円

(2) 日本カイロプラクテイツク 昭和五九年九月一九日から同年一一月一四日まで四万三五〇〇円

(3) 駿河台日本大学附属病院 昭和五九年九月二八日から同年一〇月一日まで八万六二六〇円

(4) 神保接骨院 昭和五九年一〇月八日から同月三一日まで二万五〇〇〇円

(二)  雑費 四万四五一〇円

(1) 診断書一五通、三万円を主張するが、本件事故と相当因果関係のある診断書は甲第三号証の一、甲第六号証の一、三、四、甲第七号証の一の五通とするのが相当であるから一万円と認められる。

(2) 入院雑費一万二〇〇〇円を主張するが、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

(3) 通院交通費二一万一〇二〇円を主張するが、原告岸田本人尋問の結果により成立の認められる甲第一三号証の三、原告岸田本人尋問の結果によれば、昭和五九年九月二〇日から同年一一月一六日までの範囲で三万四五一〇円と認められる。

(4) 健康器具購入費及び漢方薬剤料二八万円を主張するが、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

(三)  慰謝料 三〇万円

本件事故により原告岸田の被つた傷害の程度等諸般の事情から三〇万円とするのが相当と認められる。

(四)  逸失利益 〇円

原告岸田が、労働能力を喪失しているような後遺障害を、本件事故により被つたとは認められない。

2  原告会社の損害 五七万二九五〇円

原告岸田は、本件事故により昭和五九年九月二〇日から同年一一月一六日までの間、本件事故により欠勤したが、原告会社において、原告岸田に支払つた給料は、原告岸田が被告らに請求できる範囲において、被告らが原告会社に賠償すべきところ、弁論の全趣旨によれば、原告岸田が被告らに請求できる範囲は次のとおりであることが認められる。

(一)  昭和五九年九月分として、二万二九六〇円

(二)  同年一〇月分として、三七万二〇五〇円

(三)  同年一一月分として、一七万七九四〇円

3  以上損害合計額 一〇七万八七一〇円

五  填補 一一〇万〇四二七円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告らから一一〇万〇三四七円の支払いを受けていることが認められるから、被告らが原告らに対して賠償すべき前記認定の損害は全て填補されている。

六  弁護士費用

被告らが原告らに対して賠償すべき前記認定の損害は全て填補されており、原告らは本件訴訟においてこれを請求することは許されないから、本件訴訟追行のための弁護士費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

七  以上によれば、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

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